マッケンジー先生自叙伝 Against the tide:16  | 尼崎市杭瀬駅2分!マッケンジー法なら中野整形外科・運動器リハビリテーションクリニック

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マッケンジー先生自叙伝 Against the tide:16 

Joyさん登場、恋するマッケンジー師匠。

晩年の、あの老いてもカクシャクとした風貌は、軍隊経験者だからということか、不屈の人というパーソナリティーを反映したものなのか。

マッケンジー伍長の活躍。

今回も、はじまり、はじまりィィィ、、

 

人生の中断時期ともとれるようなこの訓練期間には腹にすえかねるもんもありますが、結局はこの厳しい訓練を、人生に起こったとても良い出来事のひとつにしてやろうと思いなおしました。

私はあちこちで学校教育を受けてきたんですが、自己修練することなんかこれまであらしまへんでしたし、なんやら目標をもって、なにか一生懸命に打ち込むようなことなんかしてきませなんだ。

肉体的にもだらけたもんでしたわ。軍での訓練を通して、私は精神的、肉体的に自信を持つことができました。

自己鍛錬をすることを軍の生活で学んだおかげで、自分の選んだ道がどんなにつらく耐え難いものやったとしても精神を集中させて、自分を信じてやっていけるような気になりました。

ワイオウルで私は伍長になり、小隊をまかされることになりました。その小隊は医療団のなかでは、徴集兵が指揮をとる唯一の部隊でした。他の部隊では専従の下士官の指揮の下に動いていたんです。私は何を期待されているのかはよう分からなんだんですが、小隊の兵は全員が徴集兵でしたさかいに、この部隊を訓練してまとめあげていくのも、たいがいなことやなあと思っとりました。

アマチュア伍長としては俄然やる気になっとったんですが、数週間たつと、うちは大隊のなかでも最低の部隊なんやということが分かってきました。

私は別にお山の大将になりたかったわけやないですし、権威なんか欲しなかったんですが、直感的に私ら徴集兵に格付けされたもんが、私ら部隊の士気をそのまま表わしとるのやなあと気付きました。

訓練の最後に大隊の指揮官や警察の偉いさんなんかの前で隊列行進することになっていました。私の小隊は、訓練の最初の1週では整列も教練内容も全部が全部最低でしたんや。そやのに、低い地位に甘んじとるのを良しとせんで気張ったからなんでしょうかなあ、本番では驚くべきことがおこりました。行軍していての隊列を変えていくさまなんかは、ホンマに見ものでした。部隊指揮官からも、行軍のなかで最高の小隊や、との評価ももろて、ほめられましたなあ。

まだいまだに信じられないことでもあるんですが、私らが達成したことは今でも誇りに感じていますわなあ。

軍隊では普段はせんようなことをさせられるもんでした。で、それを拒否することは許されんことです。もちろん18歳の徴集兵にはせなならんことはぎょうさんあって、命令を拒否したらアルドモアの軍刑務所に入れられることになるんで、二度と同じ過ちを繰り返すことはなかったんでしょうけどな。刑務所での話やとか罰をうけた話なんかを聞いていると、一歩余計にふみだすようなことはしとうなくなりますわな。しかし、後に人生を振り返ると、道を踏み外すことは、困難な状況を解決するたった一つのやり方なんやと思いますし、信じていることをしようとするのやったら、そういうことをちゃーんとわきまえとかんとあきませんわ。

 

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